2008年03月23日
「演出サイドと演じ手」談義
(TOPページに一部キャッシュが残っているのか?)
(「動画レポ「あしたさぬき。・・・」のタイトルから訪問してくださった方スイマセン)
(「動画レポ「あしたさぬき。・・・」の記事は・・・失敗して消えてしまいました・・後日、公開します)
(「演出サイドと演じ手」談義、の日記ページです)
↓以下、本文です****************************
さて、最近、舞台、生演奏(ライブ)の話題をブログにUPしてから、
少しながら連鎖反応が起きています。
***** 参考文献(お時間の許す方は、ご覧ください)***********
Linda姫の ⇒ オペラの役作り
Sebastiano伯爵の ⇒ 「Satoの会」 演奏会について
⇒ 「Satoの会」 演奏会について 続き
⇒ 「Satoの会」演奏会について 続きの続き
これらのブログは、私のブログに呼応していただきました。
⇒ satoの会の演出を楽しむ
そして、音楽ジャンルは違いますが、こちらのレポートでも「演出」に触れています。
⇒ マスミサイル!行って来ました
***********************************
さて、「演出サイドと演じ手」について、です。
★演じ手Aさん(sebaタイプ)
演技について⇒「心の動機を必ず感じてから身体を動かすように心がけています。」
役作りについて・その1⇒「・・オペラの役作りをするにあたって”自分の役の人物”について考えまし。
歳は何歳だろう?血液型は何だろう?歩く速さは?与ひょうに父・母はいるんだろうか?」
役作りについて・その2⇒「上の基本情報に加え、こんなことを勝手に考えてみます。
この物事を”自分の役の人物”的に考えたらどうだろうゴッコです。」
★演じ手Bさん(Lindaタイプ)
「わたしは 細かくは考えない~自分の感性のまま♪
ただ ひたすら その役になりきります」
「舞台の上では、常に二人の自分がいるってこと。
一人は、その役に没頭し歌い演じる自分、で、もう一人は、とても冷静に判断している自分です。」
演出経験者として、演出サイドから見ると・・
このふたりのタイプの演じ手ばかりだと、演出家はとてもハッピーになります。笑。
でも、seba氏のブログの締めにあるように、演じることについての準備、考え方、こんなこと・・・
「あたりまえです Ciao Ciao」 (笑)
演じ手Aタイプ、Bタイプでもいいので、そのような心構えのある演じ手が居て、
はじめてスタートラインなんですよね、きっと。舞台作品づくりの。
ただ、演じる、ということをここまで考えていない演じ手が結構、います。
もちろん「みんなこんなことくらい、考えてやってるわよ。」という声もあるでしょう。
(ん?なんでオンナ言葉?笑)
ところが、稽古場で、演出家から声が飛んだときに差が出る。違いがわかってしまう。
ほんとうに考えているかいないか。
考えていることを体現できてはじめて「考えている」といえるのだ!
・・・・ということが。
では、たとえばの例です。seba氏のブログにいい記述があるので引用します。
<演出家に「このシーンではあっち向くように」って言われていて>
この場合、演出家のタイプでいろいろな指示の仕方があります。
その①「その歌詞(セリフ)のときには、あっちを向くように」と、向きの方向だけ言って、何故か、を説明しないタイプ。
その②「その歌詞のときには、正面じゃないだろう。気持ちを考えて動きをつけて」と、ダメ出し先行タイプ。どっちを向くか、何故か、も説明しない。
その③「その歌詞は、上手側にいる演じ手に向かって言う告白だから、相手を見て言うのか、恥ずかしがって言うのか。その役になりきっていたら、あなたはどう動くの?」と、解説しながら演じ手との会話をするタイプ。
その④その歌詞の時には、ひ弱い精神の持ち主の、この煮え切らない主人公は、とても相手の目を見て告白できない。でも、相手の目を見て言わなくては、という自責の念も持っているから、体がやたら小刻みに動き、落ち着きなくあちらこちらを向く。正面でないことは、確かだ!さ、まず上手の最前列の客席あたりを見ながらこのメロディのところから始まって・・最後は下手の3階席くらいを見上げて!気持ちを自分の腹と劇場空間にぶつけて!!気持ちだよ、気持ち!」
と、自分なりのシーンが出来上がっていて、それを理解させ、演出家の世界の具現化を演じ手に求めるタイプ。
さ、演じ手は、どのタイプの演出家がやりやすいのでしょうか。
私の場合、①から④までを使い分けます。
(プロばかりの仕事の場合は別ですが)
前回も書いたように「残りの稽古日数+演じ手の技量+作品におけるそのシーンの意味+他の演じ手のレベル」を、
一瞬のうちに頭で計算して、口から演出の指示を出します。稽古をつけます。
以前、このやり方を近くに居てスルどく感づかれたことがあります。
前回書いた、第1回目の落語ペラの稽古。
主宰者の娘さんで東京に出て舞台俳優をしている「ハスイミカ女史」。
小学生の頃から知っている娘さんが成長して東京に出ていて。
ある夜、稽古終わりに酒場で詰め寄られて・・「あんな演出、稽古でいいんですか!!」
(何故か、わたしは、いつも女性に叱られる・・・苦笑)
残りの稽古日数とか、演じ手に合わせて(低い方のレベルに)演出を変えることに、
我慢ならなかったようです。
その叱咤にどのように応えたかは、覚えていません。
のらりくらりとお酒を飲みながらごまかしたのでしょう、きっと。
***************************************
話は脱線しながら、また、長々と続きますが。。
「satoの会の演出を楽しむ」で私が書いた、
「ちゃんとした演出家がいる舞台、という心地良さに包まれた空間と時間でした。」
という言葉の意味は、「演出家が演出したとおりに演じ手が動いている」という単純なものではなく、
(たとえが悪くて申し訳ありませんが)sebaのサンポートのネタがうけないことも、
そのような小さな出来事すべて織り込み済みの「演出された舞台」なんだなぁと、感じた、ということなんです。
演出家の手のひらの許容範囲の中だった。
その「手のひら」は、演出家の独断・専制的な主がつくるものではなく、
「ある程度」オトナなsatoの会の面々と、経験豊富な演出家・音楽指導者。
双方が尊敬・認め合ってできあがっている舞台。
それが「心地良さに包まれた空間と時間」と感じたベースでした。
もうひとつ言えば、きっと、この指導者も、「「残りの稽古日数+演じ手の技量+作品におけるそのシーンの意味+他の演じ手のレベル」を計算しながら稽古をしたのではないかなぁと。
勝手に推察して、自分で「心地良い」と感じていました。
***********************
いつもこうして、作品そのもの。ストーリー。全体としての舞台作品。を見ることなく、
舞台づくりの裏側や舞台進行、舞台セット、道具、照明プラン、照明オペレートなどから見てしまう、
楽しくない?舞台鑑賞をしています。
これは、演じ手には失礼かも知れませんね。(苦笑)
ただ、皆さんが「歌唱法好き」だったり、「声が好き」だったり、「演じ手がすき」だったり様々な趣味、好みで舞台を見るのと同じように、
私は、演出、というフィルターを通して見てしまいます。
しゃーない、好きなんですよ、演出が!笑。
と、いうことで、またまたまた、長いブログをご清聴ご精読、ありがとうございました。
※マスミサイルのライブも、同じように演出好きとして、見ました。
バンドヴォーカルを際立たせた「サウンド」と「ステージング」が、彼ら自身の・・
セルフプロデュース(自分たちで演出)と読み取りました。
ここでも、自己研鑽し、ひとつのことを表現しようとするパワーを見つけましたから。
★写真は、3月30日「るいまま組&セバスチアーノ」のイベントで私が伴奏することになっている、
セバ氏の楽曲の楽譜です。今日は日中は練習に励み、夜は、また、ライブ突撃、します。(笑)
⇒ 沖縄出身ロッカー「shy(シャイ)」のワンマン・アコギ・ライブ

(「動画レポ「あしたさぬき。・・・」のタイトルから訪問してくださった方スイマセン)
(「動画レポ「あしたさぬき。・・・」の記事は・・・失敗して消えてしまいました・・後日、公開します)
(「演出サイドと演じ手」談義、の日記ページです)
↓以下、本文です****************************
さて、最近、舞台、生演奏(ライブ)の話題をブログにUPしてから、
少しながら連鎖反応が起きています。
***** 参考文献(お時間の許す方は、ご覧ください)***********
Linda姫の ⇒ オペラの役作り
Sebastiano伯爵の ⇒ 「Satoの会」 演奏会について
⇒ 「Satoの会」 演奏会について 続き
⇒ 「Satoの会」演奏会について 続きの続き
これらのブログは、私のブログに呼応していただきました。
⇒ satoの会の演出を楽しむ
そして、音楽ジャンルは違いますが、こちらのレポートでも「演出」に触れています。
⇒ マスミサイル!行って来ました
***********************************
さて、「演出サイドと演じ手」について、です。
★演じ手Aさん(sebaタイプ)
演技について⇒「心の動機を必ず感じてから身体を動かすように心がけています。」
役作りについて・その1⇒「・・オペラの役作りをするにあたって”自分の役の人物”について考えまし。
歳は何歳だろう?血液型は何だろう?歩く速さは?与ひょうに父・母はいるんだろうか?」
役作りについて・その2⇒「上の基本情報に加え、こんなことを勝手に考えてみます。
この物事を”自分の役の人物”的に考えたらどうだろうゴッコです。」
★演じ手Bさん(Lindaタイプ)
「わたしは 細かくは考えない~自分の感性のまま♪
ただ ひたすら その役になりきります」
「舞台の上では、常に二人の自分がいるってこと。
一人は、その役に没頭し歌い演じる自分、で、もう一人は、とても冷静に判断している自分です。」
演出経験者として、演出サイドから見ると・・
このふたりのタイプの演じ手ばかりだと、演出家はとてもハッピーになります。笑。
でも、seba氏のブログの締めにあるように、演じることについての準備、考え方、こんなこと・・・
「あたりまえです Ciao Ciao」 (笑)
演じ手Aタイプ、Bタイプでもいいので、そのような心構えのある演じ手が居て、
はじめてスタートラインなんですよね、きっと。舞台作品づくりの。
ただ、演じる、ということをここまで考えていない演じ手が結構、います。
もちろん「みんなこんなことくらい、考えてやってるわよ。」という声もあるでしょう。
(ん?なんでオンナ言葉?笑)
ところが、稽古場で、演出家から声が飛んだときに差が出る。違いがわかってしまう。
ほんとうに考えているかいないか。
考えていることを体現できてはじめて「考えている」といえるのだ!
・・・・ということが。
では、たとえばの例です。seba氏のブログにいい記述があるので引用します。
<演出家に「このシーンではあっち向くように」って言われていて>
この場合、演出家のタイプでいろいろな指示の仕方があります。
その①「その歌詞(セリフ)のときには、あっちを向くように」と、向きの方向だけ言って、何故か、を説明しないタイプ。
その②「その歌詞のときには、正面じゃないだろう。気持ちを考えて動きをつけて」と、ダメ出し先行タイプ。どっちを向くか、何故か、も説明しない。
その③「その歌詞は、上手側にいる演じ手に向かって言う告白だから、相手を見て言うのか、恥ずかしがって言うのか。その役になりきっていたら、あなたはどう動くの?」と、解説しながら演じ手との会話をするタイプ。
その④その歌詞の時には、ひ弱い精神の持ち主の、この煮え切らない主人公は、とても相手の目を見て告白できない。でも、相手の目を見て言わなくては、という自責の念も持っているから、体がやたら小刻みに動き、落ち着きなくあちらこちらを向く。正面でないことは、確かだ!さ、まず上手の最前列の客席あたりを見ながらこのメロディのところから始まって・・最後は下手の3階席くらいを見上げて!気持ちを自分の腹と劇場空間にぶつけて!!気持ちだよ、気持ち!」
と、自分なりのシーンが出来上がっていて、それを理解させ、演出家の世界の具現化を演じ手に求めるタイプ。
さ、演じ手は、どのタイプの演出家がやりやすいのでしょうか。
私の場合、①から④までを使い分けます。
(プロばかりの仕事の場合は別ですが)
前回も書いたように「残りの稽古日数+演じ手の技量+作品におけるそのシーンの意味+他の演じ手のレベル」を、
一瞬のうちに頭で計算して、口から演出の指示を出します。稽古をつけます。
以前、このやり方を近くに居てスルどく感づかれたことがあります。
前回書いた、第1回目の落語ペラの稽古。
主宰者の娘さんで東京に出て舞台俳優をしている「ハスイミカ女史」。
小学生の頃から知っている娘さんが成長して東京に出ていて。
ある夜、稽古終わりに酒場で詰め寄られて・・「あんな演出、稽古でいいんですか!!」
(何故か、わたしは、いつも女性に叱られる・・・苦笑)
残りの稽古日数とか、演じ手に合わせて(低い方のレベルに)演出を変えることに、
我慢ならなかったようです。
その叱咤にどのように応えたかは、覚えていません。
のらりくらりとお酒を飲みながらごまかしたのでしょう、きっと。
***************************************
話は脱線しながら、また、長々と続きますが。。
「satoの会の演出を楽しむ」で私が書いた、
「ちゃんとした演出家がいる舞台、という心地良さに包まれた空間と時間でした。」
という言葉の意味は、「演出家が演出したとおりに演じ手が動いている」という単純なものではなく、
(たとえが悪くて申し訳ありませんが)sebaのサンポートのネタがうけないことも、
そのような小さな出来事すべて織り込み済みの「演出された舞台」なんだなぁと、感じた、ということなんです。
演出家の手のひらの許容範囲の中だった。
その「手のひら」は、演出家の独断・専制的な主がつくるものではなく、
「ある程度」オトナなsatoの会の面々と、経験豊富な演出家・音楽指導者。
双方が尊敬・認め合ってできあがっている舞台。
それが「心地良さに包まれた空間と時間」と感じたベースでした。
もうひとつ言えば、きっと、この指導者も、「「残りの稽古日数+演じ手の技量+作品におけるそのシーンの意味+他の演じ手のレベル」を計算しながら稽古をしたのではないかなぁと。
勝手に推察して、自分で「心地良い」と感じていました。
***********************
いつもこうして、作品そのもの。ストーリー。全体としての舞台作品。を見ることなく、
舞台づくりの裏側や舞台進行、舞台セット、道具、照明プラン、照明オペレートなどから見てしまう、
楽しくない?舞台鑑賞をしています。
これは、演じ手には失礼かも知れませんね。(苦笑)
ただ、皆さんが「歌唱法好き」だったり、「声が好き」だったり、「演じ手がすき」だったり様々な趣味、好みで舞台を見るのと同じように、
私は、演出、というフィルターを通して見てしまいます。
しゃーない、好きなんですよ、演出が!笑。
と、いうことで、またまたまた、長いブログをご清聴ご精読、ありがとうございました。
※マスミサイルのライブも、同じように演出好きとして、見ました。
バンドヴォーカルを際立たせた「サウンド」と「ステージング」が、彼ら自身の・・
セルフプロデュース(自分たちで演出)と読み取りました。
ここでも、自己研鑽し、ひとつのことを表現しようとするパワーを見つけましたから。
★写真は、3月30日「るいまま組&セバスチアーノ」のイベントで私が伴奏することになっている、
セバ氏の楽曲の楽譜です。今日は日中は練習に励み、夜は、また、ライブ突撃、します。(笑)
⇒ 沖縄出身ロッカー「shy(シャイ)」のワンマン・アコギ・ライブ

<追記>
seba氏はじめ皆様(って誰?)、ここから先は、グラスでも傾けながら、だらだらと語りましょう。
文章で書くのは、かなり疲れますよね。笑。誤解されてはいけないし。苦笑。
あーー、疲れた。seba氏も、書き込み、疲れません??この話題は、これくらいに・・・・・笑。
seba氏はじめ皆様(って誰?)、ここから先は、グラスでも傾けながら、だらだらと語りましょう。
文章で書くのは、かなり疲れますよね。笑。誤解されてはいけないし。苦笑。
あーー、疲れた。seba氏も、書き込み、疲れません??この話題は、これくらいに・・・・・笑。
Posted by rookie1957@ストリート at 13:11│Comments(4)
│音楽・舞台・映画
この記事へのコメント
僕も酒を飲みながらがえーなー、って思いながら書いてました。
ただ、こんな内容もたまには文章にしたらおもろいし、ごく少数読みたい人もいるかとも…。
でも、これから先は書くことで、微妙なニュアンスが伝わらない可能性があるから止めときましょう。楽しかったです。
続きは、キューバで
ただ、こんな内容もたまには文章にしたらおもろいし、ごく少数読みたい人もいるかとも…。
でも、これから先は書くことで、微妙なニュアンスが伝わらない可能性があるから止めときましょう。楽しかったです。
続きは、キューバで
Posted by Sebastiano at 2008年03月23日 13:47
え?「続きは、キューバで」・・・
seba氏、「緋◎」でも「屋△裏」でも「グラファン」でも「Ruff House」ない、
お姉さま方の来店しない「キューバ」というbarを見つけたんですか?!
まずいでしょ、こんなところに書くと。
また、バレバレになりますぜ、セニョール。
では、続きは、「男なら、いつかキューバへ」。
seba氏、「緋◎」でも「屋△裏」でも「グラファン」でも「Ruff House」ない、
お姉さま方の来店しない「キューバ」というbarを見つけたんですか?!
まずいでしょ、こんなところに書くと。
また、バレバレになりますぜ、セニョール。
では、続きは、「男なら、いつかキューバへ」。
Posted by モバイル天涯 at 2008年03月23日 15:05
そうですよ、男ならのキューバです。
お店なんかではありません。
お店なんかではありません。
Posted by Sebastiano at 2008年03月23日 17:04
じっくり 拝読させていただきました
本当にするどいですね☆
次回のSatoの会は どういう方向でいこうかな♪
今度 お会いしたら 多分 きっと 絶対
緊張してると思います。
だって 私は ノミの心臓なので!
本当にするどいですね☆
次回のSatoの会は どういう方向でいこうかな♪
今度 お会いしたら 多分 きっと 絶対
緊張してると思います。
だって 私は ノミの心臓なので!
Posted by Linda
at 2008年03月26日 23:05
